【キミが居た未来02】
▼ジェイド×ルーク
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【01】
誰かが髪を撫でる感触がして、ルークはぼんやりと夢うつつだった意識を浮上させた。
パチリと瞳を開けば、すぐ目の前にはよく見知った――早く会いたいと切に願っていた愛しい人の顔。
「……ジェイド」
ルークは柔らかな笑みを浮かべ、目の前で自身の顔を覗き込んでいる男の名を呼ぶ。そして、堪え切れずに溢れる涙で、じわりと視界が滲んだ。
大好きな恋人との約束を守れたことが、こうして生きて再び会えたことが――涙が出る程に嬉しい。
そんな歓喜で頭が一杯のルークは、それ故に気づけなかった。
――ルークが微笑んで名を呼んだ瞬間、ジェイドが怪訝そうに顔を強張らせたことに。
ルークはベッドに寝そべっていた上体を起こすと、そのままジェイドの首に腕を回して抱きついた。
その拍子に、目に溜まっていた涙がポロリと零れ落ち、喉がひくりと鳴る。一度零れてしまえば、後はもう堰が切ったように止まらなかった。
「約束……ッ、守れたっ……よ、ジェイド……!」
嗚咽混じりにそう言って、ルークはジェイドの肩口に顔を埋めた。久しぶりに感じる恋人のぬくもりに、益々目頭が熱くなる。
もうこんな風にジェイドと触れ合うことはないだろうと、かつてのルークは諦めていた。だからこそ、今こうしてジェイドに抱きつけることが夢のようだった。
暫くそうして声を押し殺して泣いていたルークだったが、冷静になってきた頭が、ふと違和感を覚える。
いつもならばすぐにルークの身体を抱きしめてくるジェイドの腕が、いつまで経っても抱きしめてこなかったからだ。
「……ジェイド?」
恋人の肩に押し当てていた顔をゆっくりと上げ、ルークはそっとジェイドの顔を伺った。
そして、目に飛び込んできた彼の表情に、息を詰まらせる。
ジェイドは、どういう訳かルークのことを睨んでいたのだ。まるで、得体の知れない人間を訝しむような、警戒するような顔で。
「ジェ……イド、どうか……したのか?」
初めて向けられる明確な敵意のこもった恋人の表情にショックを受けながらも、ルークは恐る恐るといった様子で訊ねる。
次の瞬間、ルークは突き飛ばされていた。――目の前の恋人によって。
「!?」
酷く傷付いた顔で瞠目して驚くルークを、ジェイドは冷ややかな目で見つつ、言う。
「……随分と馴れ馴れしい人ですね」
(――……え?)
一体何が起きたのか――理解が追いつかず、ルークは呆然と目の前の男を見上げるばかり。
今、ジェイドは何と言った?
「え……? ジェイド……?」
確かめるようにその名を呼べば、ジェイドは不快そうに顔を歪めた。そして、信じられないことを口にする。
「――誰ですか、あなたは。気安く呼ばないでください」
ガツンと、鈍器で頭を力一杯殴られたかのような衝撃が、ルークを襲った。
「何、を……言ってんだよ、ジェイド……」
「気安く呼ばないでください、と言ったはずですが」
「俺のこと……分からないのか……?」
ルークは縋るようにジェイドを見つめるが、返ってくる視線はどこまでも冷たい。
ジェイドは面倒そうに溜め息を吐いて、少しずれた眼鏡を押し上げながら言った。
「私とあなたは、初対面のはずですが?」
ルークは、言葉を失った。
何かがおかしい――それは嫌という程に理解できる。ジェイドが、己の恋人が、こんなことをルークに言うはずがない。こんな顔で、ルークを見るはずがないのだ。
「どうして――?」
ポロリと、再び涙がルークの頬を伝う。だがそれは、先程までとは真逆の感情からくるものだった。
「なんで……そんなこと、言うんだよ……」
放心状態でぽつぽつと呟くルークを、ジェイドは返事をするでもなく眺めている。あの、冷たい表情で。
「俺のこと……嫌いになったのか……?」
ルークの声は、哀れな程に震えていた。声だけでなく、身体もカタカタと震えている。ルークは、そんな身体を自分の両腕でギュッと抱きしめた。まるで、自分という存在を確かめるかのように。
「嫌いも何も、私はあなたのことなど知りません」
ジェイドの言葉が、容赦なくグサリとルークの心をえぐる。
「そんなことより、これから質問をするので答えなさい」
拒否を許さない声色で、ジェイドが続けた。
「まずは、名前を聞かせてもらいましょうか」
見たことのない様子のジェイドが恐ろしくて、なぜだか不機嫌な彼をこれ以上怒らせないように、ルークは素直に答える。
「……ルーク・フォン・ファブレ」
だが、その返答にジェイドは益々不機嫌になったようだった。
「……言葉が足りなかったようですね。質問には、嘘をつかず正直に答えなさい」
「え……」
「もう一度訊きます。あなたの名前は?」
そんなことを言われても、ルークには他に答えようがなかった。自分には、他の名前などないのだから。
(そりゃ、俺は本物の“ルーク・フォン・ファブレ”じゃないけど……でも――)
「――そんな、こと……ジェイドに、言われたく……なかった……ッ!」
被験者や模造品など関係なしに、“ルーク”という存在を認めてくれたジェイドにそう言われるのは、酷く心が痛んだ。
自分は知らない間に、ジェイドをこんなにも怒らせるようなことをしてしまったのだろうか――どうすれば許してもらえるか、ルークは泣きながら考える。
だがそれも、ジェイドは許してくれなかった。
「ッ……痛――!」
「良いから質問に答えなさい」
ジェイドの手が、ルークの髪を鷲掴んで、俯くルークの顔を無理やり上へと向かせる。容赦なく引っ張られ、ルークは痛みに呻いた。
だが、そんなルークを見ても、ジェイドの手は引っ張る力を緩めようとはしない。
「さぁ、正直に言った方が身のためですよ」
「痛……い、ジェイ……許し、て……!!」
「許して欲しいのなら、どうすれば良いか分かりますよね?」
涙で歪む視界に、ジェイドの冷酷な表情が映る。
ジェイドは、どうすれば良いのかをルークが知っていると思っているようだが、正直ルークには何をすれば許してもらえるのか分からなかった。
「ご、ごめんな、さい」
自分が何をしてしまったのか、なぜジェイドは怒っているのか――訳も分からずに、それでもルークは謝った。早くいつものジェイドに戻って欲しい――そう願って。
だが、それでもジェイドはルークの髪を掴む手の力を緩めない。
「謝罪など結構です。あなたは物分かりが悪いですね。質問に答えろと言っているんです」
しつもん――ルークはぼんやりと小さく呟いて、ジェイドに問われたことを思い出す。
そう――彼はルークの名を訊ねていた。
今更どうして名を訊ねるような真似をするのかは分からないが、今のジェイドの様子から、答えなければならないとルークは察した。縋るような目でジェイドを見つめ、どこか恐々と口を開く。
「俺、は……ルーク」
ルークの答えに、ジェイドは不機嫌さを隠すことなく溜め息を吐いた。
「……まぁ、良いでしょう」
ジェイドはそう呟くと、ようやくルークの髪を掴んでいた手を離し、ルークは痛みから解放される。
だが、許してもらえたのかと思ったのも一瞬で、ジェイドは間髪いれずに別の質問をしてきた。
「では、そのルークはなぜ、何の目的があって、グランコクマの――それも宮殿に来たのですか?」
「ッ……それ、は――約束……した、から」
「誰と?」
その言葉を聞いて、ルークは信じられない思いでジェイドを見る。
約束をした当人に、こんなことを訊かれるなんて思いもしていなかった。
それでも、混乱した頭で思考する。ジェイドの怒りの理由は分からないが、この質問はルークを試すもののように思えた。そう結論付けたルークは、しっかりとジェイドの目を見据え、はっきりとした声で答える。
「――ジェイド、と」
ルークの答えは、ジェイドの望むものであったはずだった。
しかし、ルークの想いも虚しく、ジェイドのルークを見る目は、なぜか益々警戒の色を強くしている。
「……話になりませんね」
心底呆れたといった風に、ジェイドが言う。
その顔は、アクゼリュス崩壊の時に向けられたものに酷似していた。それがまるで最後通告のようで、ルークは恐怖に背筋が凍る。
見捨てられる――そう直感した。
「あなたは先程から嘘ばかりついている。余程この牢屋が気に入ったと見えます」
「嘘なん、て……ついてな、」
ボロボロと涙を零しながら、ルークは必死に訴えかけた。
どうしてジェイドがルークの言葉を嘘だと言うのか、ルークには全く理解できない。そもそも、先程からの質問の答えを、ジェイドは既に知っているというのに。
ジェイドは泣きじゃくるルークを見て、どうでも良さそうな声で告げる。
「名を借りるなら、もう少し調べた方が良いですよ。それが有名人なら尚更」
「え……?」
困惑した表情で見上げてくるルークを、ジェイドはうざったそうに見ながら、吐き捨てるように言った。
「――ルーク・フォン・ファブレは、まだ13歳の少年なんですよ」
ジェイドの言葉に、とうとうルークは何も考えられなくなった。
鬼畜な大佐が好きです←
ジェイドのキャラいまいち掴めてないのは仕様です。
…仕様…なん、です…(´;ω;`)ウッ
2011.12.22(Thu)