【キミが居た未来03】
▼ジェイド×ルーク
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【01】【02】
ピオニーの待つ謁見の間へ向かいながら、ジェイドは自身の後ろを覚束ない足取りで歩く少年を盗み見た。
初対面の時に見せた、どこか懇願するような――縋るような彼の表情はすっかり消え失せ、今では放心状態だ。意味不明なことを散々喚いていた口は、締まりなくわずかに開かれているが、あれ以来一言も喋りはしなかった。
彼の首と手につけられた枷から伸びる鎖が、歩くたびにジャラジャラと音を立てる。
今の彼の様子を見る限り抵抗の意志はないようだが、それでも用心するに越したことはない――そう思い、彼を牢から出す際にジェイドがつけたものだ。その鎖の先は、まるで手綱のようにジェイドがしっかりと握っている。
あの牢でのことを、ジェイドは思い出していた。
***
不審者を捕らえたという報告を受けた時、なぜ自分にそんなことをいちいち報告するのかとジェイドは疑問に思った。
訊ねてみれば、なんとその不審者はジェイドに会うために宮殿に侵入しようとしていたという。会って確認をして欲しいと言われ、面倒に思いながらもジェイドは不審者の居る牢へと向かった。
彼を捕らえた兵達から既に報告は受けていたが、最初彼を見た時、ジェイドは少しだけ驚いた。
牢に備え付けられた簡易ベッドの上で眠っている17、8歳くらいの少年は、見事な赤毛だったのだ。その赤い髪はよく手入れが行き届いているかのように美しく、染めたものには到底見えない。
赤い髪は、キムラスカ王族の証だ。
実際彼は、捕らえられる際に兵達にキムラスカ王族に連なる名を名乗ったという。
彼が眠っている間に、その髪を実際に手にとって染色したものなのかどうかを確かめたが、それは紛れもない地毛だった。
そしてジェイドが髪から手を離した時、眠っていた少年の瞼がゆっくりと開かれる。現れた瞳は、綺麗な緑色だった。
目を覚ました少年が目の前の自分を見て発した第一声は、己の名だった。
慈しみのこもった柔らかな笑顔で、彼は“ジェイド”と確かに自分を呼んだのだ。
なぜ彼は自分のことを知っているのか――そしてなぜ、そんなにも幸せそうな顔で笑いかけてくるのか。
理解の追いつかない状況に固まっていると、起き上がった少年に突然抱きつかれた。思わず身構えたが、少年には自分に危害を加える気も、ここから逃げ出す気もないようだとすぐに気付く。
それどころか、彼は自分に抱きついて静かに泣いていた。そして震える声で“約束を守れた”と言う。
彼のその言葉で冷静を取り戻したジェイドは、自分が何をしにこの少年に会いに来たのかをようやく思い出した。
少年が泣き止むまでは待ってやって、ようやく顔を上げた彼に再び名を呼ばれた直後、ジェイドは少年を拒むように突き飛ばす。傷ついた表情で瞠目する少年を見て、なぜだか苛々した。
この少年には不可解な点ばかりだ。
なぜ彼は、キムラスカ王族の証である赤い髪と緑の瞳を持っているのか。なぜ彼は、グランコクマの宮殿にジェイドを訪ねて来たのか。そして――なぜ彼は、ジェイドのことを知っているのか。
ジェイドはこの少年に覚えがない。だからジェイドと彼は、まったくの初対面のはずだ。
だというのに随分と馴れ馴れしい彼に、ジェイドは苛々と思ったことを告げる。そうすれば、少年は顔をくしゃりと歪ませて再び泣き出した。
そのことにまた苛々を募らせ、ジェイドは冷たい声で彼に質問をする。まずは、名前を訊ねた。
少年は、自らをルーク・フォン・ファブレと名乗った。
彼が嘘をついていることは明白だった。
確かに彼はキムラスカ王族しか持ち得ない色彩を持っているが、彼が“ルーク”であるはずがない。
なぜなら、“ルーク・フォン・ファブレ”はまだ13歳の少年で、目の前の彼はどう見ても10代後半に見えた。
しかし、彼がルークではないのなら一体誰なのか、ジェイドには見当もつかない。現在キムラスカ王族に、ルーク以外の赤い髪の男児など存在しないのだ。
ならば、この少年はどこの誰なのか――それは、彼を初めて見た瞬間からの疑問だった。
彼に再度名を訊ねても――それこそ、髪を掴んで拷問まがいなことをして、そして少年は確かにジェイドに脅えながらも、返ってくる名は変わらなかった。
これ以上は無駄だろうとひとまず名を訊ねることは諦めて、次にジェイドは彼が宮殿に来た理由を訊く。
返ってきた答えは、“ジェイドと約束をしたから”という更に不可解なものだった。
ジェイドはこの少年と今日ここで初めて会ったのだ。当然、彼の言う“約束”などした覚えはない。
これだけ譲歩してやったというのに、嘘ばかり吐く目の前の少年に――嘘などついていないと子供のように泣きじゃくるその姿に、どうしようもなく苛立った。
意地でも嘘を認めないと言うのなら、ならば真実を教えてやろうと、ジェイドは少年に吐き捨てるように告げる。
“ルーク・フォン・ファブレ”は、13歳の少年なのだと――だから、お前が“ルーク”に成り得るはずがないのだと。
少年の反応は、ジェイドの予想とは少しだけ違っていた。
最初、呆然とした表情でジェイドを見上げてきた彼は、訳が分からない――とその顔で訴えていた。その後必死に言い逃れでもするのかと思っていたが、少年はたった一言ジェイドに訊ねただけだった。
――今は何年の何月何日だ、と。
律儀にもそれに答えてやると、とうとう少年は何も喋らなくなった。
どこか腑に落ちなかったが、ジェイドはひとまず牢から出た。
この少年が“ルーク”ではなくとも、彼がキムラスカ王族に関係している可能性は否めない。敵国の王族だからこそ、迂闊に手を出せないのだ。仕方なく、ジェイドはこの国の王――ピオニーに報告をしに向かった。
そしてピオニーに報告をすれば、己の幼馴染兼上司は、あろうことか捕らえている少年に会いたいとのたまった。
彼が、いつものふざけたノリでそう言ったのであったならば無視したが、その時のピオニーの表情は真剣そのものだったので、ジェイドも無下にできず、渋々と赤毛の少年の居る牢屋を再び訪れる。
ルークと名乗った少年は、先ほど別れた時とまったく同じ体勢のままだった。
やって来たジェイドに気付き、呆然とした顔で見つめてきたが、ジェイドが冷たい顔で睨み返すと、一瞬悲しそうに顔を歪めてから俯いてしまった。
ジェイドが何も言わずに彼の首と手に枷をはめている時も、彼は抗議どころか微動だにしなかった。頑なに下を見続ける少年は、どうやらジェイドと目を合わさないようにしているらしい。
ピオニーの元へ行くとは言わず、ただついてくるようにジェイドが言えば、彼は大人しく従った。
***
ようやく謁見の間の扉の前に着いた時、ジェイドは一旦足を止めて後ろの少年を振り返った。
少年はやはり、ジェイドと視線を合わさないようにしている。
「これから陛下に謁見します。礼のない行動を取るのは自殺行為ですよ、とだけは言っておきます」
「…………」
ジェイドの言葉を聞いているのかいないのか、少年は何の反応も返さなかった。
ジェイドは溜め息をひとつついて、目の前の扉を開けた。
今回はジェイド視点で。
というかこれ逆行もので良いんですよね…?
2012.01.23(Mon)