【キミが居た未来05】
▼ジェイド×ルーク
▼Back Numbers
【01】【02】【03】【04】
ジェイドがルークの首枷から伸びる鎖を引っ張っていたその力を緩める頃には、ルークは幾分か冷静さを取り戻していた。
とにかく今は、ジェイドとピオニーの2人にルークのことを信じてもらうことが1番重要だ。
そのためにもルークは、まずは自分が4年後の未来から来たことを話さなければならないと思った。
この世界では、“ルーク・フォン・ファブレ”は13歳なのだ。いくら自分はルークなのだと訴え続けても、13歳でない自分がルークだなどと、ジェイドの言葉を借りるならばそれこそ戯言を、信じる者はいないだろう。だが、年齢の辻褄さえ合えば、王族の証である色彩を持つ自分を、彼らは信じてくれるかもしれない。
そう願いながらルークは、ピオニーの目を真っ直ぐ見つめると、ゆっくり口を開いた。
「本当に……俺は、ルーク・フォン・ファブレなんです。正確には、4年後の未来から来たルーク……です」
ルークがそう言い終えた途端、目の前のピオニーは怪訝そうに眉をひそめた。それはまるで、どう反応していいか分からない――とでもいうような顔だ。
ジェイドに至っては、あからさまに盛大な溜め息をひとつ吐いてから、ふんと鼻で嘲笑った。ルークの言うことなど端から信じる気がないと、その態度が言っている。
確かに、いきなり未来から来たのだと言われても、はいそうですかと信じられるはずがない。ルーク自身、初対面の人間にそんなことを言われたら、お前は何を言っているんだとまともに取り合わなかっただろう。
しかし、ルークは何とかして2人に信じてもらわなければならない。もしもこのまま身元不明の不審者のままでいたら、この先自分がどうなってしまうのか想像もできない。せっかくこうして生きて帰って来られたというのに、残りの人生を牢で過ごしたくはなかった。何より、愛する恋人と大好きなピオニーには、自分のことを信じて欲しかった。
だが、詳細を説明しようにも、ルークは気付いた時にはこの時代に居たのだ。どうやって自分が4年前の過去に来たのかなど、まったく見当もつかない。
(ローレライが何かしたんだとは、思うけど……)
自分の――正確には、アッシュの完全同位体であり、ここに来る直前に自分が解放した、音を司る意識集合体。
音素乖離で消えるはずだった自分が、こうして今も生きていて、そしてなぜか4年前に居る原因は、まず間違いなくローレライだとルークは確信していた。
「……やれやれ、どうあっても本当のことは言いたくないようですね。年齢が合わないと知ったら、今度は未来から来た、ですか? ふざけるのも大概にしてください」
冷たい声にはっとなって、ルークは顔を上げた。ジェイドの方を見やると、彼はルークをまるで汚らわしい何かを見るような目で見下ろしている。仕方のないことだと自分自身にきつく言い聞かせていても尚、ルークの胃は奇妙に揺れた。まるで、身体の中の何かを握り潰されているような感覚。跪いていて良かったと、この時だけは思った。膝が震えて、とてもじゃないが立っていられない。大分落ち着きかけていた涙腺が、再び熱くなった。気を緩めたら、すぐに涙が零れてしまう。
――泣くな。泣くな。
ルークはそう呪文のように心の中で唱えながら、声が震えそうになるのを必死に堪えて、喋りだした。
「こんな……話、信じろって方が無理なのは、分かってます。でも……お願いです。俺の話を、聞いてください」
「元より、そのつもりだ。話を聞かないことには、判断できんからな」
「陛下……このように荒唐無稽な話を、わざわざ聞くとおっしゃるのですか?」
ジェイドがピオニーに向けて、呆れ果てた声で言う。
話を聞いてすらもらえないのかと、その時ルークは絶望しかけた。それでは、信じてもらいようがない。
だが、すぐにピオニーの力強い声が肯定の意を示したので、ルークはひとまず安堵した。
「まったく、相変わらず頭が固いな、ジェイド。少し黙っていろ、彼が脅えてるじゃないか。……悪いな、こいつのことは気にしなくて良い。それじゃあ、話を聞かせてくれるか?」
にっこりと優しい笑顔でそう言うピオニーに、ルークは勇気付けられた。彼ならば、ルークの話を信じてくれるに違いない――それは願望に限りなく近かったが、確かにそう思えた。
「これから話すことは、信じられないかもしれないけど……全部、本当のことです。嘘は決してつかないと、誓います」
未来のことを話してしまうことに対して、ルークには少し躊躇いもあった。話すことによって、この先の未来が変わってしまうのではないかと、不安だった。
だが、自分のことを信じてもらうためには、嘘偽りなく全てを話すしかないだろう。少しでも何かを隠している素振りを見せれば、恐らく彼らは信用してくれないはずだ。だからこそルークは、途方もなく長く複雑なこれから起こるだろう出来事を、時折つっかえながらも懸命に話した。
預言のこと、ローレライの存在、ヴァン師匠の企み、外殻大地のこと、魔界の存在、そして――自分のこと。
何からどう説明して良いか分からず時系列が前後しまくるルークの話は、酷く聞きにくかっただろう。色々訊ねたい疑問もあるはずなのに、ピオニーはルークが話している間はじっと黙って聞いていてくれた。
ジェイドは何か物言いたげな表情をしていたが、ピオニーに言われたせいもあってか、口を出すことはなかった。ただ、ルークが、自分がレプリカであることを告げた時、突き刺すような視線で見られた。
全てを話し終えて、以上です、とルークが締めくくると、ピオニーは詰めていた息をほうと吐いた。
「なんというか……途方もない話だな……」
それはそうだろう。自分達が今生きているこの大地が、柱に支えられて空に浮かんでいるだなどと、一体誰が思うだろうか。
「それに……レプリカ、か……」
説明の際に、実際に毛先を少し切って乖離するのを見せたので、自分がレプリカだということは信じてもらえたようだ。完全に信じてもらえたのがそのことだけならば、それは酷く悲しいことだが。
「……申し訳ありません。俺はルーク・フォン・ファブレですが、偽者というのは間違っていません。けれど、それが俺に与えられた名で、他に名乗る名もないので、嘘をつきたくは、なかったんです」
言い訳じみているな、と――ルークはこっそり自嘲した。
けれど、これだけは譲れなかったのだ。自分が生きてきた7年を、最後にはルークのことを認めてくれたアッシュの想いを、無かったことにはしたくなかったから。
「ああ、いや。別にそういうことが言いたいんじゃない。お前はルーク・フォン・ファブレだよ。レプリカとか関係なく、な」
朗らかに笑うピオニーの態度から、彼が本心からそう言っていることはひしひしと伝わってくる。元より、裏表のない人だ。やはり彼はピオニーなのだと、ルークは嬉しく思った。
ちらりと、ピオニーの目線がずっと黙っているジェイドへと向けられる。ルークも、恐る恐るジェイドを見た。果たして彼は、ルークの話を信じてくれたのだろうか。
視線の先でジェイドは、緩慢な動きでくいっとズレた眼鏡を押し上げてから、口を開いた。
ピオニー陛下がいい人すぎて、予定よりもルークが可哀想じゃなくなりました←
いえ、陛下のキャラつかめてないんですっごく偽者ですけど…
2012.02.06(Mon)